peikanzo’s blog

退職おっさんの世界一周冒険の旅

群馬~熊本

2026年10月11日

枕が硬く、眠れず。

こんなに硬い枕で眠る人がいるのか?

昨夜の生ビールで、喉が渇き、水ボトルが部屋にあり、助かりました。

7時から朝食。

日本食のみ。

焼き魚、味噌汁、海苔だけいただきました。

バッグが7kgを超えないように正露丸を置いて行きます。

この薬は世界一周旅行で、3度助けられました。

感謝。

靴下も傷んでいますので、お別れです。

お世話になりました。

ホテルをチェックアウト。

昨夜はよくわからず、駅の改札口を出て遠い踏切を通って、反対側にあるホテルへ。

グーグルマップを見ると、改札口はひとつですが、ホテル側から線路を跨いで改札口に通じる橋がありました。

今日は乗り換えアプリで、成田空港に行きます。

新町駅→(JR高崎線)→赤羽駅→(JR京浜東北線)→日暮里駅→(京成本線)→京成佐倉駅→空港第2ビル駅。

アプリはホーム番号までわかり、今回は間違うことなく空港に到着。

第2ターミナルから第3ターミナルまで歩きます。

最後のプライオリティパスをぼてじゅう屋台で使用します。

大阪道頓堀セット3400円。

今回の旅で確かにプライオリティパスを5回使用したはずですが、アプリでは2回の利用となっています。

きちんとアプリに反映しないと分かっていれば、もっと使えばよかった。

セキュリティチェック後、ゲートへ。

搭乗前のチェックが厳しいイスラエルの飛行機が飛んでいました。

ジェットスター航空ですが、前のフライトが遅れていて、2時間の遅延とゲート変更。

きちんと機内手荷物の重量検査があります。

7kgに届かず。

空港の別の検査機で確認しておきました。

座席は今回初めてのB。

熊本空港着陸後、C席の人に通路に出たいとお断りし、急いで空港内へ。

エスカレーターを使わず、ひたすら走ります。

空港ライナーの券売機が空港C扉付近にあり、カードで購入しようとしますが、なかなか発見できません。

やっとのことで購入し、停留所へ走ります。

なんとか間に合い、乗車し、肥後大津駅へ。

 

 

埼玉~群馬

2026年10月10日

起きたら8時を過ぎていました。

完成にヤバい。

すぐに友人に連絡。

朝食を食べないで、チェックアウト。

熊谷駅まで走ります。

高崎線に飛び乗り、高崎駅へ。

なんと乗った電車は当初から予定したものでした。

 

友人と駅で落ち合い、上野村までアウディでドライブ。

快晴のドライブ日和。

まずは少林山 達磨寺。

坊さんが寺の生い立ちを団体に説明していたので、勉強。

併せてブルーノ·タウトの資料館がありました。

彼のことは何かで知っていたので、縁を感じました。

そして、御巣鷹へ。

ランチはやまざとで天ぷら定食。

熊の情報を聞くと、出会ったら電話するように言われました。

JAL123便犠牲者慰霊塔から登山口駐車場。

幸い、駐車場に車が数台。

登る決心ができました。

昇魂之碑まではかなり登ります。

友人には気の毒になりました。

私のために付き合ってもらい。

40年前にJAL123便がここに墜落したのを思い起こしました。

墜落の原因は今もって闇があります。

今後原因究明ができることを願うばかりです。

機体は向こうの山の一本から松とU字溝に接触しながら、こちら側に墜落しました。

燃えた木が炭化しています。

機長ら3人の慰霊碑です。

尾翼が破壊されながら30分も飛行できたのは彼らの執念です。

3人は国際定期航空操縦士協会連合から民間航空に関する賞としては最高位に位置するポラリス賞を受賞しています。

下山の途中、管理されている方にお会いすることができました。

黄色のジャンパーを着て、的確なアドバイスをいただきました。

まだ後継者が見つからないことを心配されていました。

テレビで拝見したとおりの方でした。

私の旅が御巣鷹山登山で、終わります。

一人では決して来れないところです。

天候、友人の手助けがあって来れたことに感謝。

若い男女のグループが花を持参していました。

小さな犬も登っていたのが印象的でした。

ちょっとしたあいさつだけしかしませんでしたが、遺族やその関係者に違いありません。

犠牲となった520名の方々が安らかにと願います。

 

高崎に帰ります。

友人の自宅に寄り、奥様から駅付近まで送ってもらいました。

友人と今日の反省会をしました。

車を出してもらい、運転までお願いしましたので、その慰労です。

学生時代の思い出や近況報告。

2時間で終了して高崎駅へ。

駅で別れ、私は登りの新町駅へ、彼は下りの問屋町駅へ。

本日の宿泊は新町ステーションホテル。

その名の通りホテルの前にあります。

東京~埼玉

2026年10月9日

轟音で目が覚めました。

この宿泊地の唯一の欠点はあまりに線路との距離が近いことです。

目の前に東北本線、宇都宮線、高崎線とたくさんの路線が走っていました。

歯ブラシセットと耳栓が何で付いているのか?という疑問が理解できました。

今日は天気がいい。

洗濯日和です。

私でも使える全自動洗濯機と洗剤が付いています。

乾燥機はありませんが、ドライヤーがあります。

 

昨日ファミリーマートでサンドイッチを買いましたので、朝食です。

 

JR田端駅から上野駅に行きました。

快晴でTシャツで充分。

東京都美術館で大英博物館日本美術コレクションが開催されていましたので、朝チケットを購入していました。

しかし、行列を見て、後悔しました。

あまりに多数。

2年前に大英博物館に行きましたが、葛飾北斎の神奈川沖浪裏を見れませんでしたので、リベンジ。

待って待ってやっと入館。

ひとつひとつ見ていると間に合いませんので、葛飾北斎だけを見ました。

幸運だったのは安藤広重の東海道五十三次がいくつかありました。

上野公園を散策します。

国立国会図書館。

私が大学受験する時に鶯谷駅の近くのビジネスホテルにしばらく宿泊していました。

ホテルから勉強する施設として教えてもらい、毎日通っていました。

東京藝術大学を通り、黒田記念館がありました。

予定はありませんでしたが、無料に好奇心が湧きました。

不忍池を見て、上野駅へ。

昼食を食べる予定でしたが、あまりに外国人旅行者が多く、熊谷駅行き電車に乗ってしまいました。

駅に着いた時は夕方でしたが、王将で久しぶりに餃子を食べました。

今日の宿泊はワシントンホテル。

荷物を置いて、北上尾駅へ。

世界一周旅行中に知り合った高橋さんと飲み会。

居酒屋で2年ぶりの歓談。

前回同様またしても奢っていただきました。

トゥズ湖の小さな塩をプレゼントしましたが、申し訳ありません。

北上尾駅から再び熊谷駅へ。

ホテルに帰りました。

ドーハ〜東京

2026年10月8日

3時50分ドーハ空港出発。

ラウンジにもいましたが、高校生世代の日本代表がJFAのジャージを着て、同じ飛行機に乗りました。

海外で試合をしたのでしょう。

この中からフル代表が出てくるかもしれません。

私の座席は16Cの通路側席です。

14の前はビジネスクラスです。

14、15までの中央席は3列のため、通路が広く、16の私も助かります。

10時間のフライトは大変です。

少しでも楽にならないと。

私隣のA、Bは私と同年代の夫婦。

彼らがトイレに行く度に私は立たなけれなりません。

2度の食事をして、やっと成田空港に到着。

飛行機は横田ラプコーンがあるため、富山から磐城に舵を向け、そこから南下します。

日本人の入国手続は自分でパスポートを機械にスキャンするだけですが、税の申告を手書きで全員しなければなりません。

こんなことしていたか?

京成本線に乗って、新三河島駅へ。

そこに今夜のホテルがあります。

京成鉄道をあまり知らないので、行ったり、来たりで大変でした。

なんとか23時過ぎにウィクリーホテルに到着。

ここからも大変。

セルフチェックインです。

玄関入ったところに郵便受けがあり、ダイヤルがあります。

これに暗唱番号を入れるのかなと何度も試みますが、開きません。

部屋は303号室なので、そこに暗唱番号を入れるダイヤルがありました。

汗だくになりました。

久しぶりに浴槽に浸かりました。

お腹が空いたので、コンビニに買い出しです。

 

アンカラ~ドーハ

2026年10月7日

8時前にホテルをチェックアウト。

ドライヤーをそっと置いて行きます。

バス停まで歩きます。

ホテルの近くで声をかけられました。

多分数日前に彼と話したと思います。

日本に帰るのか?と言っているに違いありません。

握手して別れました。

トルコ人は皆陽気です。

車の排気ガスがひどい。

気分が悪くなります。

ポールにゴミ袋を設置して、回収していきます。

日本の文化には馴染まない。

アンカラ駅の前を歩きます。

442番のバスに乗って空港に行きます。

カード払いOK。

アンカラ空港到着。

ネットで調べると国内線のC又はDから入り、国際線に移動とありましたが、直接国際線の入口がありました。

セキュリティチェック、パスポートチェック、セキュリティチェックと全く待つことなくスムーズに終了。

ラウンジに行きます。

まだ朝ですので、利用者は少ない。

しかし、空港、ラウンジともWi-Fiが繋がりません。

PINコード入力欄がわかりません。

ラウンジの受付に聞くと、搭乗券と言います。

搭乗券番号や予約番号等入力しますが、だめでした。

こういう時に限って楽天モバイルも繋がりません。

出発は13時過ぎですが、空港到着時にゲート番号が表示されていました。

助かります。

ラウンジを出て、ゲートで待っていると、鳩が目の前を歩いたり、飛んだりしています。

今回の旅で別の空港も鳩が空港内にいたのを思い出しました。

スタッフがゲートに来ましたので、デジタル搭乗券を見せました。

スタッフはニコッと笑い、アンカラ~ドーハ、ドーハ~成田の搭乗券を出力してくれました。

オンラインチェックインの時に窓側を選択していました。

アンカラ空港を離陸。

遠くに平行して飛んでいる飛行機がありました。

機内食です。

チキンは美味しいですが、サラダとデザートは残しました。

今回の旅の飛行機は全部満席。

日本人の海外渡航は減少していますが…

4時間弱の飛行時間ですが、映画「ノーマル」を見ていましたので、あっという間にドーハ空港に到着。

映画に日本のヤクザが登場。

暮れなずむドーハ空港です。

 

これからが長いです。

乗り換え時間が10時間くらいあります。

8時間以上の乗り換え時間があると、うまくいくとカタール航空が無料の豪華ホテルを提供してくれます。

しかし、早朝の出発ですので、申し込みをしませんでした。

ラウンジへ行きます。

利用が少ない方のNorth NodeのAl Maha Loungを探しましたが、見つけ出せません。

近くのインフォメーションに聞くとSouth Nodeを教えます。

仕方なくいつものラウンジへ。

ビールはありません。

缶ジュースも小さい。

フルーツはオレンジのみ。

良かったのはサンドイッチと鷄肉のクリームシチュー。

ゲートが表示されました。

E6。

初めてモノレールに乗りました。

先程、ラウンジ探しで歩いたルートです。

ドーハ空港から日本に帰るのは初めてです。

かなり辺鄙なゲートです。

アンカラ 5日目

2026年10月6日

今朝も5時半起床。

暗い中、バス停まで歩きます。

6時半到着。

7時半まで待ちましたが、Tesviyeciler Durağıにバス番号577-3は来ませんでした。

Nallıhan Otogarı行きの表示もありませんでした。

クズ・テベスィ(乙女の丘)を見ることはかないませんでした。

もうトルコへ行くことはありませんので、残念です。

アンカラにきた目的を果たせませんでした。

昨日より重い足取りでホテルに帰りました。

今日は帰る準備をします。

今回の旅の計画で失敗したことは、行きも帰りも日本が連休中だったことです。

無職になると、全くカレンダーを見ることがありません。

わざわざ高い搭乗券を購入する必要はありません。

 

毎晩、寝ると蚊に悩まされていましたが、ついに退治しました。

だいぶ血が吸われていました。

ランチはいつもの食堂です。

ナスにトマトを煮込んだ料理です。

しかし、私の手元には200リラしかありません。

煮込みとピラフでいくら?と聞くと、指を3本。

200リラしかないので、バイバイと出て行こうとすると、OK。

ありがたい。

しかし、本当に300リラか?

最初に入った時、煮込みの隣のマカロニは100リラ。

どうもよくわからない。

彼の言い値では?

このメニューは高くても200リラと思っていました。

これでトルコリラはほとんどなくなりました。

50リラくらいあれば、ガラクタ市を覗こうと思っていました。

最後に二人で写真を撮って別れました。

いつも通っているMelike Hatun Mosqueに行きました。

中に入ると噴水みたいなものがあります。

今までたくさんのモスクを見てきましたが、モスクの中に噴水は初めてです。

水の音がこだましています。

人数は少ないですが、お祈りしている人がいました。

柱を背にしばらく座って見ていました。

立って祈る人、頭をつけて祈る人。

静かな空気が流れています。

外に出てベンチに座っていると、しばらく眠っていました。

気持ち良い時間でした。

今日までトルコの人たちを見てきて、ふと気づきました。

彼ら、彼女らの服の色がほとんど黒なのです。

男性は上下黒が多い。

派手な色はありません。

今日の収穫です。

近くのドルムッシュ乗り場を通って帰ります。

朝は稼ぎ時なので、ほとんど車がありませんが、昼過ぎはたくさん並んでいました。

私がドライヤーやアメジストを購入した市場は普段は駐車場でした。

土日だけ開催されているのでしょう。

いい時に滞在しました。

アンカラ 4日目

2026年10月5日

5時半起床。

Davutoğlanに行くために、暗い時間にホテルを出発。

 

こんな寒い日にホームレスは眠れないのでは?と心配になります。

このホテル周辺は貧民地区です。

普通にごみ箱から必要な物を取り出しています。

歩道ではがらくたを広げて商売をしています。

 

Tesviyeciler Durağıバス停まで間違うことなく、6時半に到着。

557-3番バスを探します。

7時出発予定で7時半まで待ちました。

小さなバスにNallıhanと表示されていたと思い、運転手に声をかけましたが、違うと。

番号表示もなかったので、諦めました。

次のバスは11時ですので、今日は諦めます。

ガッカリして、重い足をホテルに向けました。

明日、再挑戦します。

明後日にアンカラ空港行きのバス停の下見に行きます。

ちょうど乗る予定の244番のバスが通過。

空港からバスに乗って降りた場所と全く違います。

バス停はアンカラ・アリーナのすぐ裏手にありました。

アタテュルク廟に行きます。

物々しい警戒。

セキュリティチェックがありました。

通路を歩いていると、ラッパの音。

歩いていた地元の観光客が全員ピタット止まります。

歩いてはいけないのか?と思いながら歩いてしまいました。

ちょうど衛兵の交代式がありました。

月曜日ですが、たくさんの人手。

民族衣装や制服の生徒で、いっぱい。

街中まで歩きます。

小銃を持っている警官がいました。

ちょっとドキッとします。

Sultanım Lokantasıでランチ。

鶏肉の串焼とヨーグルト、サラダで350リラ。

ティーをいただきました。

夕食もここ。

ランチは骨付きチキンでしたが、今度は骨なし。

ピラフが美味しかったので、多めにお願いしました。

もうパンは…

そう言いながら、スーパーに寄り、パン1個購入。

 

ホテルに帰るとカタール航空から連絡。

オンラインチェックインができると。

48時間前はどの時点の48時間前か?

アンカラ→ドーハ線の48時間前にはできなかった。

次のドーハ→成田線の前にオンラインチェックイン可能の連絡。

難しい判断です。

アンカラ→ドーハ線の事前座席がBだったため、Aに変更できたのは良かった。

ドーハ→成田線は通路側だったので、そのまま。

旅を共にしてきた靴下がボロボロになりました。

アンカラのホテルに置いて行きます。

お世話になりました。